【当院発表の入浴事故(2) 】 公開日2025.04.15 更新日2025.04.21 HOMEへ メニューを隠す 次のページへ
※参考(●○×の記号の説明):
●は当院での調査結果と考察です。○は過去論文の資料です。現在は間違っていると考えられる内容には×をつけました。
重要ポイントがわかりやすいように箇条書きにしました。
このページの内容は、日本循環器学会関連雑誌「心臓」に掲載された以下の当院オリジナル論文の概説です。
●(2)前田貴子,前田敏明:浴槽浴中急死の一主要機序.心臓2022;54:1264-1271
ネット上の「J-stage( www.jstage.jst.go.jp )
」または「Google Scholar(https://scholar.google.com/)」でキーワード「前田敏明 入浴事故」で検索するとPDFをダウンロードできます。
【浴槽浴中急死の一主要機序の概説】
各表の資料は論文(2)からの引用です。
●
1,772人を対象に医師が直接入浴事故の聞き取り調査を行いました。入浴事故発生直後の入浴事故症例の検討です。本文では20症例を提示しましたが、ここでは提示したのは10症例です。。
○入浴中急死の原因については諸説あり、未だに結論が出ていません。
○この論文では失神から溺死する人が多いことを指摘しています。
結果:
●浴槽内で急に意識消失する事故報告が共同浴場で7件、介護入浴で3件、家庭で2件があった。浴槽内で急に意識消失しても、浴槽外で横にすると、急速に意識回復した。救命できた事故例の約3割は救急搬送されなかった。搬送された例でも約半数は入院せずに帰宅した。そのうち、病院で脳卒中と診断された人は1割以下であった。急速な意識消失、急速な意識回復、器質的な疾患なし、後遺症なしの特徴から失神と考えられた。
●意識消失者は溺没しても救助さるまで意識回復しなかった。そのため発見が遅れると溺没して、肺炎になったり、溺死したりして重症化した。
●
共同浴場での心肺停止事故全32件中、独り入浴中か否か不明の10件を除くと、全例独り入浴中であった。共同浴場での心肺停止事故は同時入浴者がいない時に起きていた。
● 事故発見時に意識消失が見られたのは、重症の85%(11件/13件)、中等症の93%(41件/44件)であった。中等症例の意識消失は短時間で回復したために、救急搬送されなかったり、搬送されても入院しなかったり、または短期間の入院であったりした。
●
浴槽内事故の発見時生存率は家庭11.4%(46件/402件)、共同浴場33%(16件/48件)で共同浴場は家庭の約3倍高かった。共同浴場では同時入浴者によって救助されることが多いために、生存率が高くなったと考えられた。
結論:
●浴槽内で急に生じた意識消失は、温熱作用と坐位姿勢によって血液が下半身にシフトすることによる体位性低血圧のために起こる失神(熱失神)と考えられた。
●広い浴槽内での急死の主要な機序の一つとして、独り入浴中の失神に続く溺死があると推測された。
● 入浴事故の重症度は発見時の状態と経過で4つに分類した。@心肺停止(発見時心肺停止例)、A重症(発見時には生存していたが、入浴事故を原因として死亡または3週間以上の入院を要した例)、B中等症(発症時には自力で移動できなかったが、入院は3週間未満であった例)、C軽症(発症時に自力で移動できた例)とした。
【表1】家庭と共同浴場での浴槽内事故生存率
● 家庭では心肺停止の割合が多く中等症の割合が少ない。
● 逆に共同浴場は心肺停止の割合が少なく、中等症の割合が多い
【表1】 各入浴施設における重症度別の浴槽内事故件数 文献(2)より |
|||||
入浴施設 |
心肺停止 |
重症 |
中等症 |
軽症 |
合計 |
家庭 |
356件▲** |
18件ns |
28件▽** |
3件▽** |
405件 |
共同浴場 |
32件▽** |
1件ns |
15件▲** |
5件▲** |
53件 |
老人ホーム・ |
1件▽** |
0件ns |
3件▲** |
0件ns |
4件 |
合計 |
389件 |
19件 |
46件 |
8件 |
462件 |
▲有意に多い、▽有意に少ない,ns有意差なし(,*p<5%,**p<1%) |
●結果
1.各入浴施設における入浴事故例の検討
●浴槽内で急に意識消失した事故目撃や本人自身の事故報告が共同浴場で7件、介護入浴で3件、家庭で2件あった。
●
これらは同時入浴者、介護者または監視者によって全員後遺症なく救助された。
●
入浴事故発生時には大部分で意識消失が見られた。
●
意識消失直後の溺没前に救助された入浴事故では、速やかに意識が回復して救急車を呼ばなかったり、搬送を断った例が少なくなかった。
中等症の浴槽内事故46件では、救急搬送あり25件、搬送なし14件、不明7件であった。約1/3は搬送されていなかった。
●意識消失直後に溺没した例では自発的に意識回復せず、救助後に意識が戻った。救助が遅れたために溺水して呼吸不全から死亡した重症事故が家庭で4件、温泉で1件あった。これらから事故発生から救助までの時間が長くなると溺水して肺炎になったり、溺死したりすると考えられた。
●一方、浴槽内での心肺停止事故のほとんどは、同時入浴者または監視者がいない時に起きていた。
●
心肺停止者は水没例が多かったが、一部には溺没していない例があった。
2.共同浴場の入浴事故で救助が間に合った症例
症例(1)中等症:温泉「朝風呂で意識消失、溺没前に発見」70歳代男性、春
宿泊の翌朝、大浴場に行った。浴槽内で意識がなくなっているのを後続入浴者が発見した。溺れてはいなかった。救急搬送されたが、病院到着時には元気になっていたので入院せずに帰宅した。
症例(2)中等症:温泉「浴槽内で急に溺没」70歳代男性、冬
入浴中の人が目前で声を出さずに急に沈んだ。救助時には意識がなく、数人で浴槽外に出した。意識はすぐに戻った。後遺症はなかった。
症例(3)中等症:寺院の大浴場「浴槽内で急に溺没」60歳代女性、季節不明
大風呂で客が長湯していた。入浴中に声を出さずに急に沈んだため、周囲の人達が浴槽外に連れ出した。最初は意識がなかったが、顔に水を掛けると意識が戻った。救急車が来た頃には元気になっていたので搬送されなかった。
症例(4)中等症:銭湯「浴槽内で意識消失」70歳代女性、冬(本人談)
入浴中に小さな子供が入って来て、かわいいなと思った直後に意識消失した。救助されてすぐに意識は戻った。
3.共同浴場の入浴事故で救助が間に合わなかった症例
症例(5)心肺停止:温泉「朝風呂の独り入浴」70歳代男性、冬
温泉旅行で宿泊の翌朝に大浴場に行った。浴槽内で心肺停止になっているのを後続入浴者が発見した。朝は入浴者が少ないために事故の発見が遅れやすい。共同浴場での浴槽内発見時心肺停止32件中に朝風呂は5件(16%)あった。
症例 (6)心肺停止:温泉「飲酒後の独り入浴」70歳代男性、冬
宴会後に数人で大浴場に行った。一人だけ残して全員出浴した。帰りが遅いので同僚が見に行くと浴槽内で沈んでいた。
症例 (7)心肺停止:温泉「深夜の独り入浴」50歳代女性、冬
温泉旅館の従業員である。宴会仕事の後に深夜の大浴場で入浴した。浴槽内で心肺停止になっているのを発見された。
4.共同浴場以外の入浴事故で事故発生直後に発見された症例
症例(8)中等症:在宅介護入浴「浴槽内で意識消失」90歳代女性、秋
自宅で介護入浴サービスを受けていた。浴槽内で首全体が浸かっていた。湯温41℃、入浴時間が5分過ぎてから急に意識がなくなった。前駆症状は全くなかった。浴槽外に出して寝かせるだけで、すぐに意識が回復した。
症例(9)中等症:家庭「浴槽内で意識消失」90歳代男性、冬
入浴中は常に妻の見守りがあった。浴槽内で急に意識消失し、すぐに救助されて救急搬送された。短期間の入院で後遺症なく退院した。
症例(10)中等症:家庭「浴槽内で意識消失」60歳代男性、季節不明
孫と一緒に入浴していた。急に意識消失した。孫が家族を呼んで、救助された。意識はすぐに戻り、後遺症はなかった。
5.重症度別の意識消失頻度
事故発見時の意識消失の有無を重症例と中等症例に分けて調べた (表2) 。
●重症例19件中に意識消失ありは11件あった。意識消失なしの2件は脳卒中であった。
意識消失の有無不明例では肺障害4件(人工呼吸器使用2件、肺炎1件、持続的酸素吸入1件)、くも膜下出血1件、詳細不明1件があった。肺障害は溺水によると考えられ、意識消失があったと推測された。
●中等症例46件中に意識消失ありは41件あった。意識消失なしは3件で全身脱力2件、筋肉けいれん1件であった。
意識消失を伴う中等症例では肺炎1件、敗血症1件、脳梗塞1件であったが、ほとんどは救出後に速やかに意識が回復していた。
●確認できた範囲内では浴槽内で意識消失した事故者は溺没しても自発的に意識回復しなかった。そのため広い浴槽内で意識消失した場合はすぐに溺没して、早期に救助されなければ溺水して肺炎になったり、溺死したりすると考えられた。
●脳血管障害などのそれ自体で重症化する疾患を除いて、浴槽内で意識消失した入浴者が中等症、重症または心肺停止のいずれかになるかの決定的要因は発見までの経過時間の違いであると推測された。
【表2】非死亡例における意識消失の割合
●非死亡例のほとんどで発見時に意識消失があった。
【表2】 重症と中等症の浴槽内事故における意識消失の有無 文献(2)より |
||||
入浴施設 |
意識消失 |
意識消失 |
不明 |
合計 |
重症 | 11件 (85%) |
2件 (15%) |
6件 |
|
19件 |
||||
中等症 |
41件 |
3件 |
2件 |
46件 |
合計 |
52件 |
5件 |
8件 |
65件 |
(%)は不明を徐外した割合。 |
6.家庭と共同浴場での浴槽内事故の発見時生存率
●○家庭で発生した重症度が中等症以上の事故は402件あった。そのうち重症と中等症の合計は46件で、浴槽内事故の発見時生存率は11.4%であった。一方、共同浴場での重症度が中等症以上の事故は48件あった。そのうち重症と中等症の合計は16件で、浴槽内事故の発見時生存率は33%となり、家庭の2.9倍高かった。
考察
1.3学会で異なる入浴事故と入浴中急死の原因
近年行われた入浴事故の大規模合同調査では、入浴事故の発生機序の見解が3学会で異なっている。
○日本救急医学会は入浴事故生存例を解析して脳卒中は1割未満と少なく、心疾患は稀であったと報告した。意識障害と高体温の特徴から入浴事故の本態は熱中症であるとした。さらに救急車到着時に低血圧を認める例は少なく、意識障害の原因は失神ではなく温熱による脳機能障害と考えた。溺死以外の死因として意識障害から入浴が続き、さらに体温が上昇して死に至るとの意見もある。
○日本法医学会は剖検例を解析している。6割以上を溺死が占めており、溺死が入浴事故の決定的要因であるとした。溺死以外の死因として脳・心臓血管疾患などの疾病が約半数に認められたと報告した。
○日本温泉物理気候医学会は温泉地では心肺停止の割合が低いと報告した。救急車到着時の生存者の体温は、重症から軽症まで36℃台で高体温はいなかった。通所リハビリ施設での59例の調査では、5分程度の入浴であっても、50mmHgを超す血圧低下が4例(8.5%)で見られた。同学会は出浴時の静水圧解除と起立性血圧低下が入浴事故の主たる要因と推測した。
○これら以外にも外気温と湯温の温度差により血圧変動が大きくなって、脳・心臓血管疾患のために入浴中急死が起こるというヒートショック説が一般人の間では広まっている。このように入浴事故の発生機序については確立した定説がない。
●当院の見解は体温上昇により血液が皮膚に偏位し、さらく体位(浴槽内では座位)による影響で下半身に血液が偏位して、そのために低血圧になって脳血流が途絶して意識がなくなった(失神)と考えている。
2.意識消失の原因は失神
○入浴時に低血圧から失神する可能性が指摘されていた。しかし、救急車到着直後の血圧測定では80mmHg未満の低血圧は稀であったことや、意識レベルと収縮期血圧には相関がなかったことから意識障害の原因が低血圧であるとは言えなかったとSuzuki、堀らは報告している。また、意識障害の原因が失神であるとの論文は見つからなかった。
●今回の調査では浴槽内で一過性の急な意識消失例が多数見られ、重症または中等症の入浴事故の約9割に意識消失があった。過去の報告では救急車到着時に浴槽内事故生存者の大部分で意識障害が認められ、そのために出浴できなくなっていた1)2)。
浴槽内で生じた意識消失には次の特徴があった。
(1)高温環境下(高温浴槽浴)で起こる。
(2)浴槽内での体位は坐位または半坐位である。
(3)急に意識消失する症例が多数ある。
(4)頬を叩くなどの刺激で意識が回復することがある。
(5)浴槽外に出すと速やかに意識が回復することが多い。その時の体位は臥位が多いと考えられる。
○Suzukiらは救助された事故者の30%に38℃以上の高体温を認めたため、意識障害の原因として体温上昇による脳への直接的影響を考えている。
○
日本温泉物理気候医学会1)や伊藤6)は、救急車到着時の生存者の体温は重症から軽症まで36℃台で高体温はいなかったと報告している。高度の高体温者は一部に限られており、高体温だけでは意識障害は説明できない。
○今回の調査では救助後わずかな時間経過で意識が回復する例が何人もいた。また、症状の回復を理由に救急車を呼ばなかったり搬送を断ったりして、中等症例の約1/3は救急搬送されていなかった。 過去の報告でも救急搬送された入浴事故者の約半数は入院せずに帰宅しており、短時間で意識が回復していることが推測された。
○
また、日本温泉物理気候医学会では入浴者は体位性血圧低下が起こりやすいことを指摘している。救急車が到着するまでには5〜10分以上の時間が経過しており、坐位で失神した人は臥位にすることによって、血圧と脳血流が急速に回復したと考えられた。
●浴槽内で体位性低血圧が起こりやすい背景には温熱による血管拡張が強く関与していることは明白である。つまり、この失神は熱失神と言うことができる。
○浴槽内急死例の約6割は解剖時に溺水所見があり、直接死因は溺死と考えられている。●これらから、広い浴槽内での入浴中急死は失神して溺死する例が多いと推測された。
3.浴槽内での心肺停止事故は監視者がいないときに起こる
○大阪市から施設別浴槽内事故生存率の報告がある。自宅などの住居での浴槽内事故1,959件中に生存は115件で、生存率は5.9%であった。一方、公衆浴場では浴槽内事故196件中に生存は60件で、生存率は30.6%であった。家庭の浴槽内事故の生存率は公衆浴場の約1/5であった。
○宮城県鳴子町や山形県庄内地域での調査では、監視者が少ない深夜帯から早朝にかけての入浴事故は心肺停止で発見されることが多かった。
●今回の調査で確認しえた範囲内では、共同浴場での浴槽内心肺停止事故は、すべて同時入浴者がいないときに起きていた。
広い浴槽内で意識消失した場合にはすぐに溺没しやすい。そのため救助が遅れると溺死したりすると考えられた。
●○一部の浴槽内心肺停止例は溺没しておらず、溺死以外の死因があることは確実である。その機序についてはここでは解明できなかった。共同浴場での入浴中急死を減らすためには、独りで入浴することを避けることが極めて重要であると結論した。
●結語
浴槽内で急に意識消失する事故が多数あった。意識消失の原因は熱失神と考えられた。共同浴場での浴槽内急死の主要な機序のひとつとして意識消失後の溺死があると推測された。